あけましておめでとうございます。

私は、日本での正月を初めて家族で味わっております。

嫁の日本行きのビザがおりて、悪名高いCFOセミナーも終了し、日本に来るという事で時期が時期だけに、幼い娘と一緒に日本に来るのが大変という事で、私がわざわざフィリピン・セブ島まで迎えに行ったのでした。



フィリピン・日本共に隔離がある為、会社を1月ほど休まないといけないので、「行く必要があるの?」と思われる方が大勢いらっしゃるかと存じますが、結果行って本当に良かったと思っております。

私が、フィリピンに入国したが12月10日で隔離が終了した次の日に、大型台風がフィリピン・セブ島を直撃したのでした。

崩壊1

多くの建物や電柱がなぎ倒され、50万人以上の人が避難生活を余儀なくされてますが、当初インフラが壊滅し、水・電気・食料を手に入れるのが至難の業でした。

電柱2
(町中の電柱がなぎ倒され、電気は使用できない状態)

宿泊していたホテルは破壊され、14階に閉じ込められ、電話が遮断されフロントと連絡が取れないので、状況がわからないまま、階段でフロントに行くと(エレーバーターが止まってます)、「水も電気も提供できないので、チェックアウトしなさい」と言われたのですが、ホテルが見つかるはずがありません。

野宿している最中に、嫁が倒れ病院に行き、その間に宿泊できる場所を確保し、水を購入するのに3時間並び、食料を買うのに2時間並んだのでした。(30度以上に炎天下の中)

そうこうしている中、水と電気が確保できるようになり、インターネットが見つかる場所を見つけ、日本までの航空券を予約したのです。

それも、嫁のビザが切れる日のフライトだったのです。



フライトキャンセルの多いフィリピン、出国審査で難癖をつけて出国できない事もありえるフィリピン、本当に気が気でなかったです。

しかし、無事に日本に帰ってきて隔離生活中ですが、水や電気や食料が普通に買える生活ができて、本当に日本に感謝しております。

もし、私がフィリピンに行かなかったら、嫁と娘は宿泊場所も見つからず、水も食料も手に入らず、餓死していた可能性もあったのです。

だから、日本で当たり前の生活が、海外では貴重な事だと痛感している今日この頃です。

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