フィリピンの最大手の放送局ABS-CBNが、フィリピン政府によって放送を止められた事件がおこり、10日ほど前に13人の上院議員がABS-CBNに暫定的なフランチャイズを付与する法案を提出したのです。

その13人に中には、上院議員のマニー・パッキャオの名が署名されておりました。


また、マニーパッキャオは国会でも他の議員に次のように促しております。

「リーダーは常に最前線に立つべきだ。」「私は国民のためなら、死をおそれない。」「私は餓えるということを知っている。餓えた人がどういう行動に出るのかも知っている。」「政府にお金がなくてフードパックを提供できないのなら、国民は食料を求めて家を出るだろう。」「政治家は選挙の時だけ大金を使うのではなくてこういう時に使うべきだ。」



マニー・パッキャオは、ボクシング界では伝説となる10階級(体重差は約20キロ)に渡って世界チャンピオンに君臨したのです。

初めて世界チャンピオンになったのは、1997年でフライ級でした。パッキャオが注目され始めたのは、2003年にマルコ・アントニオ・バレラを打ち破った頃からです。その後、モラレス、マルケス兄といった伝説のボクサーを続けざまに打ち破り、2008年にはウェルター級でデラホーヤと戦ったのです。体格が違いすぎるので、誰もがパッキャオが負けると思って見守った試合でしたが、パッキャオは大番狂わせを起こしたのです。

この時の、視聴率は98%です。ちなみん、パッキャオの試合の時は、誰一人道を歩いていなかったのです。

ちなみに、パッキャオの試合の日だけフィリピンの犯罪は0なようです。イスラム過激派でさえ、試合日は停戦するようです。

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その後も、リッキー・ハットン、ミゲール・コット等名だたる強豪に勝って、10階級上のスーパーウェルター級でアントニオ・マルガリートにも打勝ったのです。

パッキャオの身長は165センチほどですが、マルガリートは180センチ以上です。それが、一方的に打ち破り、マルガリートは試合後眼底骨折の為入院する羽目となったのです。

その前から、議員との二足のわらじをはいていたパッキャオですが、40歳を超えた今でもなお現役ボクサーです。

私がニューヨーク滞在中の2009年頃ですが、イチローや松井の名前を知らないアメリカ人やヨーロッパの人達でさえ、みんなパッキャオのことを知っておりました。

ヨーロッパや南米でも、パッキャオの特番がテレビで放映されていたようです。

2009年には、
世界で最も影響力のある人物100人の「Heroes & Icons(英雄と象徴)」部門のトップに選出されたので当然かもしれません。



新型コロナのこともあり、ここのところマニー・パッキャオはボクシングより議員としての活動の方が目立っております。

パッキャオ個人的には新型コロナウィルス対策のために、アリババ創業者のジャック・マー氏と提携してマスク70万枚と検温5万個を寄付したのは記憶に新しいですね。

パッキャオのファイトマネーは1試合数十億でメイウェザー戦では、二人合計300億円以上のファイトマネーだったのです。

しかし、マニー・パッキャオはいつも地元のミンダナオ島等に多額な寄付を行っているのであまり蓄えはないようです。

そんなパッキャオが、今後フィリピンを変えていくと信じているのです。


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